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左目硝子体手術後(糖尿病の経緯⑬)

網膜症
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左目硝子体手術翌日。
診察が始まる。
眼科の部長の診察。
診察室に患者全員が集まる。
カーテンを閉められた薄暗い部屋。
眩しい光に照らされる目の中。

術後、金属の入った眼帯をつけられていた。
ガーゼには血がついていた。
少し張り付いた感じのするまぶた。
手術は成功したと言われる。
病気の勢いがすごかったと。
レーザーをたくさん照射したので、止まるだろうと。

先生の言葉は力強い。
大丈夫、順調と言われると元気が出る。
目の中は少し黄色く濁っている感じ。
視界の色がそうだから。
たぶん、出血だろう。
血の赤はもう見えない。
赤い世界は広がらない。
血のかわりに、空気が見える。
網膜剥離があったので、網膜を圧着させるために入れられているガス。
自然に吸収されてなくなるらしい。

診察は日曜日以外、毎日。
日に日に視界のにごりはなくなっていく。
空気も少なくなっていく。
ある程度で姿勢の固定もなくなっていく。
担当看護師さんは相変わらず、志村けんに通じるものがある。

大丈夫ですか?

と聞かれるたびに

しっくん
しっくん

大丈夫だぁ~

と答えたくなる。

ずっと左目は眼帯をして閉じたまま。
診察の時に目を開け、診察が終われば目薬をさしてまた閉じる。
そんな生活。
手術からしばらく経って、トイレで眼帯を外してみた。
左目で見た世界。
天井の換気扇の格子状のカバーがぐにゃぐにゃにゆがんで見える。
悲しくて涙が出た。

手術は、圧倒的に白内障が多い。
お年寄りばかり。
みんな、すごく見えるようになったと感動している。
鏡を見れば自分のシワだらけの顔がはっきり見える。
嫌だわー、と嬉しそうに。
あなたもはっきり見えるようになったでしょ?
そう聞かれ、できるだけ笑顔でいえ…と返事をする。
大丈夫、退院までには見えるようになるわよ、と言われる。
笑顔で「ありがとうございます」と返す。
見えるってすごいことで、うらやましい。
僕も見えないわけではない。
だけど世界はぐにゃりとゆがんでいる。

よくて現状維持。
何度も言い聞かせていた。
希望は持たないように。
赤い世界は、透明になった。
それだけでも改善したんだから。
光は失わなかったんだから。
少しでも希望を、幸せを、探す。

親に見え方を聞かれる。
なんと説明をしていいのかわからない。
誰でも手術すれば治ると信じている。
いくら術前に説明を受けていても、そのイメージは覆せない。
光を感じることができるから幸せなんだよ。
自分に言い聞かせる。
人にも言い聞かせる。
本当は、見えるようになりたかった。
元に戻りたかった。
そんな感情を、抱えながら。
無理やり自分を納得させるんだ。
悲しそうな人の顔を見ながらも。

視力もだいぶ戻ってくる。
だけど、世界はゆがんでいる。
でもこれが限界。
現代医学の限界。
それでもできることがあってよかったじゃないか。
思えば、この病気はそう思うことのくりかえし。
それでも希望を失わないように、絶望にまみれないように、幸せを探して生きていくんだ。

幸せは、ほんの些細なことだ。
見える、感じる、生きている。
それだけで幸せだと思う。
心からそう思うけれど、心は弱気になるから、ときどきそう思わせることもある。
不満を言えばキリがない。
こうなってしまったのは自分が悪いんだから。
これですんでよかったじゃないか、と。

左目の水晶体はないまま。
再手術の可能性もあるので、とりあえずレンズは入れないまま様子見。

そして退院の日を迎えた。

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プロフィール

なかのひと
しっくん

ずっとレンタルブログでブログを書き続けてきたが、2019年1月1日より独自ドメインでブログを運用する決心をし、2018年11月28日にサーバーを契約。
ワードプレスの勉強をはじめ、ブロガーとして生きることを決心し、現在に至る。
何か人の役に立てることをして社会への恩返しをしたいと思っている。

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