『ぼくは今日、昨日のきみとデートする』を観た。

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ぼくは今日、昨日のきみとデートする。
を、観た。

思い出しながら書くのも悲しい。
せつない。
泣きそうになる。

これは、逆の時間軸を生きる2人の恋の物語。
この2人は、時間が逆に流れている。

高寿が5歳年をとると、愛美の世界では5年前に遡っている。
2人の出逢いは高寿が5歳の時、35歳の愛美が溺れた高寿を救ったこと。
しかしもうひとつ出逢いがあって、5歳の愛美も同じように35歳の高寿に救われている。

それから時は過ぎ、10歳の高寿は30歳の愛美に大切なものを渡された。
そしてまた時は過ぎ、お互いが20歳の時に2人は恋愛につながる出逢いを経験する。

この設定はもちろん現実にはありえなくて、そしてこんがらがる設定。
僕は最初、愛美は人生を巻き戻しているのかと思った。
それならあと20年しか生きられないってこと?
そう思って切なくなった。
だけどそうじゃなかった。
時間軸そのものが逆で、2人は逆向きに時間の流れを年齢を重ねながら生きている。
そして5年ごとに30日間だけ重なり合える。
だけど時間はそれでも逆に流れ、ぼくの明日はきみの昨日になる。

昨日ぼくがケンカしたきみは、きみにとっては明日起こることなんだ。
だからぼくときみは、思い出話ができないんだ。

そして時間軸が逆ということは、最初が最後で最後が最初ということ。
高寿にとっての初めては全部、愛美にとっての最後なんだ。
出会いは別れで、初めては最後。
2人の想いは重なり合えない。
こんなにも好きで、こんなにも一緒に居るのに。
どうやっても重なり合えないんだよ、30日だから。
一番近くて15日目と16日目。
それでも重なり合えない。

ひとりがどんどん慣れて親しくなっていくとき、ひとりはどんどん出逢ってすぐの初々しさになっていく。
高寿が別れを悲しむとき、愛美はたぶんやっと出逢えたと喜んだ。
高寿が一目惚れをして出逢いを喜ぶとき、愛美は別れを悲しむ。

なんなんだろうこの運命は。
なんなんだろうこの悲しみは。
なんなんだろうこの切なさは。

泣きすぎて頭が痛くなった。
僕たちは同じ時代に生まれ、同じ時間軸を生きているから今を大切にできて、思い出話ができるんだ。
だけど高寿が思い出を語ればそれは愛美にとっては未来に起こる話で、愛美が思い出を語ればそれは高寿の未来になる。
どうやっても重なり合えない。
2人にあるのは共通の思い出なのに、時差がある。
今、語れないんだよ。
今のリアルを語り合えない。
共有できない。

5年後、25歳になった高寿にはこの20歳の恋愛の思い出がある。
だけどその時に会う愛美は15歳で、20歳に経験するこの大恋愛の記憶はない。
そしてそれは、今まで愛美が経験してきた悲しさもどかしさでもある。
それを2人はズレたまま経験していく。
そしてそのズレはこの20歳を境に大きく広がっていく。

今この瞬間や過去を共有できるって、すごいことなんだな。
なんだかそう思った、切ない映画だった。

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プロフィール

なかのひと
しっくん

ずっとレンタルブログでブログを書き続けてきたが、2019年1月1日より独自ドメインでブログを運用する決心をし、2018年11月28日にサーバーを契約。
ワードプレスの勉強をはじめ、ブロガーとして生きることを決心し、現在に至る。
何か人の役に立てることをして社会への恩返しをしたいと思っている。

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