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映画『この世界の片隅に』を観た。

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Amazonプライムで『この世界の片隅に』を観た。
これは担当技師さんがオススメしてくれた映画。
「アニメですけど」って言いながら。

舞台は広島だった。
広島弁、かわいかった。
大学生の時も広島弁女子は人気だった。
ときどき言葉は汚かったけど、全体的にかわいらしかった。
なんとなく思い出した。

うちはぼーっとしとるけぇ。
そう言う主人公は、本当にぼーっとしとる。
そのひとつひとつが普通で。
だけど光る感性もあって。
ときどき光りながらも至って普通に、淡々と話は進んでいく。
戦争の中を、淡々と。

昔の田舎の風景は、おばあちゃんの家を思い出す。
だけど、僕が経験する夏休みのおばあちゃんの生活よりももっと昔。
井戸水でスイカやトマトが冷やしてあった。
でも、随所通じるものがある。
おばあちゃんの家の天井の木目を眺めたりとか。
僕もよく、飽きもせずに眺めていた。

そして主人公は呉に嫁に行く。
呉には戦艦大和や武蔵がいた。
そういえば祖父は大日本帝国海軍だったらしい。
そして呉にいたんだって。
大和には乗ったことがなかったそうだけど。
祖父はあまり戦争の話はしなかった。
だから僕は、祖父と戦争のことを父から聞いたんだけど。

空襲が激しくなっても、なんだか主人公はほんわかでなごむ。
最後までこの世界で普通でおってくれ。
そう言われていた。

空襲は激しくなった。
民間人は殺されていく。
それでも爆撃機で爆弾をばらまくわけだから、今のように遠く離れたところからミサイルを飛ばすよりもまだ健全なのかなって考えた。
だけど、戦争に健全もくそもないか。

そして、不幸にも主人公は右手をなくす。
義姉の子供を亡くす時に。
悲しいものだ。
戦争はいろいろと取り上げる。
そして、広島に原爆が落とされた。
日本は降伏し、負けた。
戦争は終わった。

家の火を布団と水で消火するシーンで思い出した。
これ、見たことある。
なんとなくごはんの時に見た実写のドラマだった。
日曜劇場の、この世界の片隅に。
そこで見た印象深いシーンだった。

なんも考えん、ぼーっとしたうちのまんまで死にたかった。
そんな主人公の言葉が胸に突き刺さった。

原爆の落とされた広島。
その街ではみな誰かをなくし、さがしていた。
ぼーっとしたまんまで。
平凡なまんまで。
生きていくことを、戦争は、時代は、許さなかった。

それでも主人公は夫に言った。
この世界の片隅に、見つけてくれてありがとう。
と。

呉は祖父がいたらしい場所。
そして祖父はもしかしたら大和に乗ったかもしれなかったらしい。
しかし乗らなかったから、祖父は生きた。
そして祖父は戦艦に乗って広島に行く予定だったらしい。
だけど燃料がなくて広島には行けず、呉にいた。
そして原爆が落とされた。
だから祖父は死ななかった。

命に縁がある人だったのだろう。
ほんの少しのタイミング。
それは当時は不運だったのかもしれない。
だけどそのタイミングのズレが命をつないだ。
祖父が戦争で死んでいれば父は生まれてこなかった。
父がいなければ僕もいなかった。

僕もこの世界の片隅で、そんなつながりに感謝した。

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なかのひと
しっくん

ずっとレンタルブログでブログを書き続けてきたが、2019年1月1日より独自ドメインでブログを運用する決心をし、2018年11月28日にサーバーを契約。
ワードプレスの勉強をはじめ、ブロガーとして生きることを決心し、現在に至る。
何か人の役に立てることをして社会への恩返しをしたいと思っている。

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