月9ドラマ『ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~#02』を観た。

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透析中に観たので、画面にいろんなものが写り込んでいますね。
変なものが写り込んでいないというのですが。

と、いうわけで月9ドラマラジエーションハウスを観ました。
病院で観る医療ドラって不思議な感じがします。
ただ、病院で観る怖い話の再現VTRよりいいです。
この話はどこかのブログにいつか書きます。

子供を育てるためにやっぱり仕事は大切だけど、この環境でこの子にとって母親は一人だけなので自分の体も大事にしてほしいなって思いながら観ていた。
そしてこの子は本当に母親に気を使っていて。
痛いときはちゃんといたいって言っていいんだよ、と思った。
子供って結構わかっていて、空気を読もうとするからね。
親子関係でもそう。
親が好きで、親に幸せでいてほしくて、本当は離婚してほしくなくても親に笑っていてほしいからその気持ちを察して理解しようとして、そして離婚のことも納得する。
お父さんが、お母さんが、ケンカをしないで幸せに笑って生きられるなら。
子供にとっては両親がそろって生活しているよりも、別れた方がどちらも幸せなら…って考えたりもする。

主人公はすごく「見える人」で、それは「見ようとする人」だからなんだな。
いい医者と何だろうな、と医療ドラマを観ていて考える。
そしてそれは「いい人間とは何か」にも通じたりして。

人の声に耳を傾けて、想いを聞ける人はすばらしい。
聞こうとする人はすばらしい。
きっとできる人ってこういう人なんだろうなって思って観ていた。
頭ごなしに否定する人にはなにも見えない。
すぐに無駄だと言う人にとっては、すべてが無駄なわけで。
そしてその言動に責任をとれる大人はすごいと思う。

検査。
それは日々繰り返されるものかもしれない。
だけどその検査にはこの母親と少年の未来がかかっているもので。

そしてこの鏑木先生が典型的すぎて笑える。
窪田君の目の演技は、言われている通りすごい。

成長痛だと思われていた少年は、骨肉腫だった。
昔僕は主人公が骨肉腫になる小説を読んで、自分のことも骨肉腫かと思った。
これは考えてみたらよくあることで、僕はすぐ物語に影響される。
世界の中心で、愛をさけぶを観たときもそうだった。

とにかく観ていて思ったのは、無駄だと思う人にとってはすべては無駄だということ。
それがいかに有益なことであっても、本人が無駄だと思えば無駄なのだ。
そのっものごとの価値は、自分の心と生き方が決める。

しんみりしている時間はない。
絶望の中からも希望を見出す。
「検査のたびに見つけだしてやればいい」という言葉からは、そんな想いを感じた。

そして平行して、技師長の家族の物語も。
息子はきっと、離婚してほしくないんだろうなって思った。
冷めたような態度をとっているけれど。
だけど色々と考えて、子供は受け入れようとする。
子は親の幸せを考える。
毎日ケンカをしているよりも、笑って幸せでいてほしい。
自分の理想の家族のカタチよりも、それを願う。
親が離婚したとしても、子供にとって親は親だしね。

検査のたびに結果におびえる気持ちはわかる。
自分だってそうだ、いろいろな検査に一喜一憂する。
CTもMRIもエコーも検便も、血液検査も。
リンにおびえ、カリウムにおびえ。
そして日々の体重の増えにさえおびえているよ、正直。
それでも結果に一喜一憂しながら、前に進む。

変わらない人間なんていない。
変わらないものなんてない。
その変化に気づけていないだけなんだ。
その変化を見ようとしていないだけなんだ。
見られることばかり考えるな。
見ることを忘れるな。
そう、自分に言い聞かせた。

今回もとても感動した。

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