2年前には想像もしていなかったこと。

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透析導入から2年が経過した。
巷で色々と言われるようなことがある。
透析導入日が2つ目の誕生日とか。
透析導入には人生の意味があるとか。
勉強や修行だとか。

僕は別にそうは思わない。
誕生日は生まれた日だし、透析は透析でしかない。
神はこえられない試練は与えないとも思わないし、透析は人生の学びの場だとも思わない。
ただ、透析導入日は人生の大きな節目としてやはりおぼえている。
あの時誰と悩んで決断したか。
どう思ったか。
きっと忘れないと思う。

正直人生に試練なんてない方がいいと思う。
苦しい思いも悲しい思いも、病気もしない方がいいと思う。
そんな経験もなく成長していけることが理想だ。
だけどそういう経験が無駄だとも思わない。
そんな経験を通じて学ぶことができればいいと思う。
けれどそんな経験もせずに学ぶことができるのが1番だって思うだけで。
辛い思いも悔しい思いも悲しい涙も流さないで笑って生きていけるならそれがいいよ。

ただ、人生には何かしら起きる。
その起きたことを自分の中で受け止めて、消化していくことができるようになるならその経験は「よかったもの」だとあとで言えるのだろう。
すべては結果論だ。
自分の中でどう処理し、どう生きたかでしかない。

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2年前に考えていた2年後。
具体的に何かを思っていたわけではないけど、2年前に思っていたものと違うところが大きく分けて2点ある。
いいものとよくないもの。

悪いものは、K先生がいなくなってしまったこと。
僕はK先生とこれから一生、長く付き合っていくと思っていた。
僕に家族ができたら家族ごと主治医として診てもらえると思っていた。
こんなに早く先生が亡くなってしまうとは思わなかった。
そしてそれに伴って病院も廃院。
併設の調剤薬局も変わらなければいけなくなった。
今日、知らされた。

大好きな病院。
尊敬する医師。
ありがたい薬局。
いろんな話ができる薬剤師さん。
全部なくなってしまう。
悲しいことだ。

いい点は、健康面。
体力もついたし筋力も戻ってきた。
もちろんまだまだだよ。
でも、ゆっくりと回復しているのがわかる。
そしてこれからも回復していくのがわかる。

あんなにあった吐き気がなくなり。
かゆみもだいぶなくなった。
理由もわからず全身に走っていた痛みもなくなった。
散歩もできるようになった。
ある日、散歩をしてめまいで動けなくなり、道路脇に倒れ込んで暗く寒くなっていく空を眺めながらこのまま死にたくないと強く思った。
でももう、そんなことも起こりにくくなった。

めまいはやっかいだったよ。
原因もわからず、低血糖なのかなんなのかとあれこれ考えて、食べれば元気になるのかと思って飲食をする。
それで体重が増えやすくなる。
体調がよければ必要な食事の分しか食べない。
無駄に増えることもなくなる。
増えも血糖値も安定するようになった。

また1年後。
透析をふり返ると思う。
3年が経過したって書くと思う。
その時の僕はどうなっているのだろう。
これからまた1年。
悔いなく生きたい。

コメント

プロフィール

なかのひと
しっくん

若くして、2型糖尿病だということが発覚しました。
しかしなんの自覚症状もないので放置。
喉の渇き、足先の痺れを感じるようになっても放置。
しかしある日、視野欠けが。
それから病院に行き治療をはじめるものも、色々な事情からまた放置してしまいとうとう透析導入になってしまいました。
やっと病気と真剣に向き合い、それからの人生。

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